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翠葉の森 Suiha forest

西式甲田療法、日々感じることを綴っています

心ない発言の医療従事者

私は長年、患者という立場で生きてきて

沢山の医療機関代替医療を受けてきた。

 

技術は勿論のこと、最後はその医療従事者の「在り方」だと思う。

 

私が信頼して通院する森美智代先生は、自らも難病を克服した鍼灸師さんだ。

 

彼女の患者さんとの関わり方、距離感、取り組み方はまるでカウンセラーのようです。

病気の9割は心だから。

 

そう、私は森先生に絶大な「信頼」と「尊敬」を寄せている。これに尽きる。

 

反対に、怒りを感じるような医者やセラピストにも会った体験がある。

 

オイオイ!このタイミングでこんな事を患者に言うのかね?と激怒した事がある。

「正しい情報」を伝えればそれで良いのか?そもそも、今はそれを振り返ると全然、正しくもなかったっ!!!

 

あとは、プライベートな愚痴をブッコムセラピスト。意味が分からん!あなたの仕事は何なんですか?!なんであんたの愚痴私が聞くわけ?!最悪な気持ちでした。これは流石にクレームとして伝えたし2度と行かない。

 

こんな風に両極端をみてきた。

 

あとは、患者の気持ちが分からない。という。

はぁ・・・( ̄∀ ̄)

なに?

それって・・・さ。

 

まぁー

人の気持ちは勿論、分からないと思う。

でも分かろうとする努力すれば良いじゃん?

 

気持ちというよりも、患者さんが何を欲しているか?どうして欲しいと思っているか?その視点で関わるという事じゃないだろうか?

 

試しに、

お腹に洗濯バサミでも噛ませて一日中寝たきりになったらどうだろう?

そしたら、少なくとも痛くて動けないという状況を疑似体験する事ができるよね?

 

もし自分だったら?そんな状況下でどうして欲しいですか???

って、ことですよ。

 

相手の立場になって物を考えるなんて、想像力なんて限界があるでしょう。じゃさ?疑似体験してみたらいいのではないの?

 

そして、

「私が治してやっている」という上から目線も、身体が弱ってるときこそ、敏感に感じる。

 

治すのはあくまで患者さんの「自己治癒力」。それをサポートするのが医療だ。

 

医療従事者も患者自身もそこを分からないとミスコミュニケーションが起こるし、依存と服従の関係になってしまう。

 

自律、自立しないと病気は治らない。

 

健康へのファシリテーター(導く人)が本当の医療従事者だと感じる。患者本人も治すのは自分だという意思と行動力で自分でそこに行き着くことだ。

 

そこは現代医療の技術と、患者本人が取り組める自然療法で自ら関わるバランスだと感じる。

 

私も患者という立場でもあり、ときとしてセラピストの仕事をした事もある。栄養士の資格もある。食というアプローチから健康へのファシリテーターという視点を大事にしようと思う。

 

結局は、

これは

医療従事者という仕事の面から観たけれど、人と関わる「在り方」という根本的な人としての生き方じゃないだろうか?

 

患者自らが絶大な信頼を寄せて

治る道を歩けたら

こんなに幸せなことはないと思う。

 

それが例え、途中で死を迎えたとしても、それは死は敗北なんかではない。

だって人は必ずどんな形でも死を迎えるのだから。そう思うと、愚直に自分に正直に、この人について生きたい。という人と巡り会うことじゃないのかな?

 

私は出逢えたことで、希望の光を感じた。

 

どうか、諦めないで、もし、あなたの心を傷つけるようなことを発するなら、貴方にはそこは向いていない。勇気を持って次を探しに行ったらいい。あなたの最高の出逢いが訪れますように。